世の中には、給料の絶対額が低く生活に困窮しているひともいれば、生活には困らないものの他人との比較で給料を低く感じているひともいます。
また、「自分の働きに対してこの給料は低い」と組織の評価に不満がある人もいれば、そう思いながらも「転職」などのアクションに踏み切れず「うちは給料安いよな~」が口癖になっているひともいます。
今回は、豊かな国と貧しい国が生まれてきた原因を過去の歴史から考察し、賃金の高低と組織の戦略がどのように結びついているのかを筆者なりに考察したいと思います。
なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか
「『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』ロバート・C・アレン (著), グローバル経済史研究会 (翻訳)」では、工業化に成功する国と挫折する国の違い、例えば産業革命がイギリスで生じた理由を論証していきます。
1750年時点では、世界の製造業のほとんどが中国(世界シェア33%)とインド(同25%)で行われていました。一人当たり工業生産額も、アジアがヨーロッパ富裕国に比べて低いとはいえ、その差は比較的小さかったのです。
しかし、1913年までには、中国とインドの世界の工業生産シェアはそれぞれ4%と1%へと下落しました。中国やインド古来の繊維織物工業・金属加工業が駆逐されていったからです。
一方、イギリスでは産業革命の期間に世界の製造業に占める割合が2%から23%へと増加しました。
では、中国・インドとイギリスの違いは何なのでしょうか。19世紀の自然科学の発見は、ヨーロッパ中に知れ渡っていたため、このような文化的発展によってイギリスで作業革命が起こった理由を説明することはできません。
問題解明のカギは、当時のイギリスに特有な賃金・生産要素価格です。
高賃金であったイギリスでは、資本の集約によって労働を節約するような製品の発明を誘発しました。つまり、西側諸国では、より高い賃金が労働節約的な技術開発を誘発し、労働生産性は上昇したがそれに伴い賃金もまた上昇していくという発展の軌跡を経験したのです。
産業革命は高賃金経済を生み出した要因であるばかりでなく、高賃金経済が生み出した結果でもあるのです。
一方で、労働力があまりにも安い国の場合、生産性を高めようと機械を発明したり導入したりするインセンティブが企業側に生まれてこない。西側諸国の技術を採用して自ら豊かにすることをしないのは、それが割に合わないからです。例えばインドでは紡績機械の資本費用のほうが労働費用よりも高いために、紡績機械を導入しイギリスの繊維業と競争しようとすらできなかったのです。
さらに、西側諸国の技術進歩は、ワーテルローにおけるナポレオン戦争後、第二次世界大戦までの間に、世界の経済的成功と失敗の格差を拡大しました。輸送費の低下により世界経済は緊密に結合することなり、動力駆動の機械を使用する西欧の企業は、手工業的な方法に依存する国の生産者たちを競争で破ることが出来たのです。このような国の労働力は農業への転身を余儀なくされ、一次産品の輸出地域となっていきました。
本書後半ではイギリスという手本をもとにした「工業化の標準モデル」を政策的に推進できた戦後日本や東南アジアなどの国と、そうでない国の違いを分析しています。ただし本稿では、ここまでに本書で得られた示唆をもとに、企業組織に引き付けて賃金について考察したいと思います。
参考までに「工業化の標準モデル」とは以下の4つです。
① 内国関税の廃止と交通インフラの建設による国内市場の統一
② イギリスとの競争から自国産業を保護するための対外貿易関税の設定
③ 通貨を安定させ、産業投資賃金を供給するための銀行の設立認可
④ 労働力人口の質を高めるための大衆教育の実施
ポーターの3つの戦略と賃金の関係
ここまでで得られた示唆は次のようなものでした。
西欧諸国は儲かっているから賃金が高く、その他の国は儲かっていないから賃金が低い、のではなく、西欧諸国は賃金が高いがために生産性を上げるインセンティブが働き、その結果設備や技術への投資を行い、そのことが工業化を推し進め更なる賃金の上昇を生み出したということです。
このことをポーターの3つの戦略を参考に、企業に置ききなおして考えてみましょう。
ポーターの3つの戦略は次のようなものです。
1.コストリーダーシップ戦略
コスト面で競争優位性を築く戦略。商品・サービスを安価に提供することで競合他社に対して優位性を確保します。
2.差別化戦略
コスト以外の独自の特徴を活かし差別化を図る戦略。競合他社と商品・サービスを差別化することで顧客を獲得します。
3.集中コスト戦略と集中差別化戦略
特定の市場にターゲットを絞って競争優位性を獲得する戦略です。特定市場に経営資源を集中投下(コスト優位に集中、または、差別化優位に集中)します。
このうちコストリーダーシップ戦略は、安さを売りにするので、当然ながら原価を抑える必要があります。原価を抑える方法としては、大企業であれば規模の経済性や経験曲線効果(経験を積み重ねることで余計なコストが削減されていく)があり得ます。
しかし、規模の経済性を追求するには大規模な投資が必要になります。「量」でものを言わせるのですから当然です。それが出来ない場合、「薄利多売」で固定費を上回る利益をねん出するしかありません。コストリーダーシップ戦略では、必然的に賃金などの固定費を抑制することにつながります。
このように、コストリーダーシップ戦略をとる多くの企業では「薄利多売→労働集約型ビジネスの維持→賃金の抑制→投資へのインセンティブ小」という循環が生じます。
これを脱却するためには差別化を図るしかありません。「単価の向上→付加価値の賃金への還元→資本集約ビジネスへの参入→投資へのインセンティブ高」という循環を生み出すためのビジネスを検討する必要があるのです。まさに、いうは易し行うは難し。経営者にとっては常に感じていることでしょう。
現場レベルで経営を理解し、実行する
本稿では、労働者目線で「なぜこの会社は賃金があがらないのか?」という問いに対して、一つのあり得る事実を示したにすぎません。賃金に不満を持つ社員はことのほか多いと思いますが、大抵は絶対額よりも他の社員との相対比較でそう感じる人が多いのも事実です。
しかし、比較対象である他の社員も自分と同じビジネスモデルを実行する仲間の一人にすぎません。「なぜあの社員は自分より給料が高いのか」という問いのままでは、「評価が歪んでいるのではないか」「上司は何を見ているのか」という内向きの原因探しにしかなりません。
「なぜ私は」という主語を「なぜ我々は」「なぜこの会社は」と問いの主体を変えてみて、ビジネスの構造を理解することが現状を改善するための第一歩ではないでしょうか。このように経営視点を持ちながら働くことの利点は、現状を改善するために現場レベルでも実行できることがあるかもしれないからです。
例えばこれまで日本人向けに販売してきた自社のサービスが、競合が多数で価格をなかなか上げられなかったとします。慣行的な流通構造によって価格に手を付けられなかったこともあるかもしれません。それが、訪日外国人向けに直販できるようなサービス開発をすれば、もしかすると、思いもよらない価格で販売できるかもしれません。
国内で生み出したものを外国人向けに届けようと思えば、これまではコストをかけて多くの流通経路を辿ってようやく彼らの手元に届ける必要がありました。しかし、訪日外国人は自らが流通経路をたどって自分たちのエリアへ訪れるのです。
また、日本人と外国人ではモノやサービスの価値体系に差異があるため、日本人がなんでもないと思うものに「こんな価格でも売れるのか」と驚くことが多々あります。
以上はほんの一例ですが、現場レベルでできないと思っていることも、例えば売り先を工夫すること等によって全く新しい商品として認知されることもあるのです。
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