マーケティング資源の配分(市場シェア・規模の経済性・経験効果)

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複数の事業・製品を持つ企業は、有限な資源をどの事業や製品にどの程度振り向ければよいかといった問題に直面します。

その手掛かりとなるのが、市場シェアと利益率の関係です。

今回は、過去にアメリカで行われた研究プロジェクトであるPIMSプロジェクト(Profit Impact of Market Strategies)を参考に、この問題を考察してみましょう。

Ⅰ.事業の収益性を決める要因 -PIMSプロジェクト-

アメリカでは1960年代後半から70年代にかけて、第二次世界大戦後の高度成長が終焉を迎えました。成熟経済への移行にともない、多くの企業で経営資源を効率的に活用する手法の開発が喫緊の課題になりました。

PIMSプロジェクトの発端は、ゼネラルエレクトリック(GE)社が、自社の効率的な資源配分を実現するために行った社内プロジェクトです。

当時、GEは投資がかさみ、企業全体のキャッシュ・バランスの悪さに悩んでいました。成長事業を多く抱えて投資が膨らむ一方で、それをまかなう資金の確保が困難な状況だったのです。

問いは以下のようなものでした。

・事業によってROI(投資収益率)などの業績が異なるが、その違いを生み出す要因はなんなのか
・ある市場である戦略を採用した場合、平均してどのくらいのROIが得られるのか

・戦略を変更することでROIはどう変化するのか

その後、プロジェクトはGEでの調査をベースに、ハーバード大学を中心とした大学の研究者や他の企業を巻き込んで拡大しました。そうしてPIMSプロジェクトは始まったのです。

そして、何年にもわたる複数事業のデータの蓄積をベースに、戦略にかかわるものを独立変数、ROIなどの業績に関わるものを従属変数として重回帰分析が行われました。

その結果、両者に関するいくつもの重要な関係が発見されたのですが、なかでも事業間の資源配分の問題に大きなインパクトをもたらしたのは、「相対市場シェア」が高くなると「ROIとキャッシュフロー」が増加するという発見でした。

相対市場シェア(上位3社の市場シェアに対する自社の比率)が高くなると、ROI(投資収益率)とキャッシュフローは増える

では、なぜ相対市場シェアが高まると業績に正の相関が現れるのでしょうか。次にこの点について紹介します。

Ⅱ.供給面の効果

相対市場シェアと収益性の関係については、供給面による効果と市場面による効果がありますが、まずは供給面からみていきます。

しかもPIMSプロジェクトは、このことが産業や市場の違いを超えて成立することを明らかにしたのです。

1.規模の経済性

規模の経済性とは、事業規模が拡大するにつれて、製品・サービスの単位あたり生産コストが低下することをいいます。

市場シェアが高ければ、当然、競合他社よりも生産量が多くなり、その分だけ規模の経済性をより多く享受することができます。

ではどのような要因が規模の経済性を生み出すのでしょうか。

❶ 設備の大規模化

製造設備を例にとれば、大規模な設備の方が小規模なそれよりも、早く大量に生産物を製造できることが想像できるでしょう。

当然、大規模設備の方が設備投資に掛かる絶対的な費用は大きくなりますが、その分、生産量も大きくなるわけですから、単位当たりのコストも小さくなります。

一方で、小規模な設備は、大規模なそれと比べれば設備投資に掛かる費用は小さくなりますが、その分、生産量も小さくなるため、単位当たりコストがそれほど小さくはなりません。

以上から、「単位当たり製造コストは小規模設備の方が小さい」とは一概にはいえないことがわかるでしょう。

❷ 間接費負担の軽減

例えばトップシェアの企業に対し、1/3のシェアしいかない企業が、トップシェア企業と同規模の広告費を投下するとどうなるでしょうか。

この場合、製品あたりの広告コストは、トップシェア企業に比べて3倍になってしまいます。

これは、研究開発費用やシステム費用などにも当てはまります。

売り上げに応じて削減することが困難なこれらの間接費は、トップシェア企業に比べて、その他の企業の単位あたりコストに重くのし掛かることがわかります。

❸ 調達コストの低下

生産や販売の規模が大きい企業は、大量購入や大量輸送による値引きが期待できます。

大規模企業に原材料を供給する企業にとっては、取引量が多ければ多いほど、当該企業への依存度が高まり、立場的に弱くなっていきます。

シェアの高い企業の方が多くの原材料を調達するわけですから、その分、シェアの低い企業よりも供給企業に対する優位な立場を確立することが可能となり、調達のコストは低くなります

2.経験効果

市場シェアと収益性の相関に影響を与える供給面での効果の2つ目は、「経験効果」です。

経験効果とは、経験を積んだ集団の方が、その仕事の経験が少ない集団よりも、効率的に仕事を行うことができるという効果です。

このような効果は、次のようないくつかの要因から複合的にあらわれます。

❶ 習熟

特定の業務を繰り返し行って経験を積むことで、スタッフの作業スピードが高まります。

これは、生産に関わる場面に限らず、販売やサービスにおいても同様です。

❷ 生産工程・生産設備の改善

業務を重ねる中で、当初は想定していなかった生産方法が生み出されていきます。

また、計画時には想定していなかった、よりより設備の操作方法が見つかるかもしれません。

このような改善を通じて、徐々に生産効率は高まっていきます。

❸投入要素の改善

当初は職人的な熟練者が必要だった工程でも、作業の標準化が図られることによってパートやアルバイトスタッフのみで作業ができるようになれば、人件費は抑制されます。

また、製法に間する理解が進めば、代替可能で安価な原材料が調達可能であることなどもわかるでしょう。

3.「規模の経済性」と「経験効果」の違い

「規模の経済性」と「経験効果」は重複する部分もあります。規模が大きく生産量が大きい企業は、その分、多くの経験をすることになるからです。

しかし、両者には重要な相違点があります。

規模の経済性では、生産コストの低下が、「生産量」の関数となるのに対して、経験効果では、生産コストの低下が、「累積生産量」の関数となる点です。

規模の経済性では、時間は無視して、静態的な現象として両者の相関を捉えるのに対して、経験効果は、時間の経過とともに生じる動態的な現象として両者を捉えます。

規模の経済性

生産コストとの関係: 生産量が大きい → 単位当たり生産コストが低下

特徴:時間の経過は考慮せず、静態的に生産量と単位コストの関係を捉える

経験効果

生産コストとの関係: 累積生産量が大きい → 単位当たり生産コストが低下

特徴:時間の経過は考慮し、動態的に生産量と単位コストの関係を捉える

Ⅲ.市場面の効果

市場面の効果は「市場独占の効果」と「マーケティング効果」の2つが主要なものといわれています。

1.市場独占の効果

市場シェアが大きくなると、その企業は価格をある程度統制することが出来るようになります。

少し前の通信や電力などの業界では、独占または寡占企業により、価格を統制できる状態でした。

また、市場シェアが大きい場合、卸売企業や小売きぎょおうに対して強い交渉力を持つことでできます。

このことにより、市場の川下に到るまで価格維持を図ることができるために、高い収益性を生み出せるのです。

2.マーケティング効果

市場において高いシェアがあるということは、その企業の製品を多くの人が目にしている可能性が高いといえます。

例えば、小売店との自社に優位な取引によって、一番よい場所であったり広い場所にスペースを確保することが可能になれば、視認性や購買率が高まります。

また、トップシェアであるという事実が、顧客からの高い信用を得ることにつながり、ひいては購買につながることも容易に想像がつきます。

このように市場シェアが高いことにより、マーケティング上の優位性が確保でき、それが高い収益性につながることがあるのです。

参考

石井他(2013)「ゼミナールマーケティング入門 第2版」日経BP 日本経済新聞出版


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