「直進する経済」から「迂回する経済」へ

, , ,

オリンピックが終わった今でもなお東京の不動産価格は上昇しています。これだけ人口減が騒がれているのに不思議なことだと思っていましたが、定住人口が減少しても一人世帯を含めた「世帯数」は増え続けており、この先しばらくこの傾向は続くのだそうです。

オリンピック後の選手村や周辺開発を売りに出した晴海のマンションの分譲価格は、東京都の所有する土地を開発したため周辺よりも安い分譲価格で都民のファミリー向けに販売する、という意義はどこかに消え、投資用に法人に購入されて都民といっても相当なお金持ちでしか手にできないくらい高騰しているのです。

今回は、吉江俊著「迂回する経済の都市論」(学芸出版社)を参考に、経済合理性と公共性の共存可能性について考えます。

Ⅰ.第一の都市化・第二の都市化とまちづくり

吉江氏は都市化の段階を2つに区分して説明しています。

<第一の都市化>は、行政が主導して進める都市化で、多様性よりも標準化・効率性を重視し、必要な機能の量的な充足を進めます。日本では第二次大戦後の住宅不足を一気に解消した標準設計住宅の大量供給や、ニュータウン、団地の整備が該当します。

<第二の都市化>は、民間企業が進める都市化で、空間を商品として扱い、互いに差異化を図ることで多様性が進みます。開発の焦点は量から質へと転換します。

しかし、この<第一の都市化>から<第二の都市化>への移行に伴い、先進諸国を中心に現在へとつながる諸問題が発生します。日本では経済成長期に発生した公害問題や環境破壊に対する批判であり、現在は例えば「ジェントリフィケーション」への批判があります。

「ジェントリフィケーション」は、1964年にイギリスの社会学者であるルース・グラスが名付けた言葉で、「ジェントリ」とはイギリスの地主層を指します。

端的にいえばそれは「都市の富裕化現象」のことで、古い住宅の復旧、不動産価格の上昇、中産階級の流入による労働者階級の立ち退きといったプロセスが含まれます。

ジェントリフィケーションはロンドンで初めて確認され、その後ニューヨーク、東京、パリといった場所でも同様の事例が報告されるようになりました。「都市再開発」や「都市再生」といった用語との大きな違いは、この言葉に低所得層が立ち退きさせられることへの批判性が含まれている点です。

このように民間の開発に任せていると、そこに住まう「住民」との利害が衝突します。

このような都市計画に対する不信を契機として登場したのが「まちづくり」です。住民の意思を都市計画に反映させる「ボトムアップ」の取組で、観光の文脈でも「開発型」の観光地形成に対抗し「観光まちづくり」が提唱されるようになりました。

では、「行政」「民間」「住民」それぞれは、今後どのような役割を発揮し利害調整していくのかベストなのでしょうか。

Ⅱ.直進する経済と迂回する経済

これまでは、民間企業による経済合理性と住民の合理性の衝突に対して、民間企業の活動を法で制限するか、補助金やインセンティブで一定の活動を誘導するかのいずれかでした。

一方でこの20年、民間企業に社会的責任を負わせるための掛け声やガイドライン(CSR、SDG’s、ESG・・)は世界中でいくつも提唱され、企業に対する視線が年々厳しいものになってきたことも事実です。

吉江氏は、利益を最大化するために最短距離を目指す経済を<直進する経済>と呼びます。民間企業であれば投資対効果を最大化する動機をもっているので、通常民間企業は<直進する経済>の原理に動かされていると言っていいでしょう。

一方で、短期的にテナント料に結びつかないスペース(無料の吹き抜けや共有空間)を敢えて豊かにし、周辺環境が良くなることによって結果的に物件価値の上昇や利益に結びつくような経済を<迂回する経済>と呼んでいます。

そして、この<迂回する経済>を実行する民間企業には3つのケースがあるとしています。

❶ 都市部で余裕のある大企業が従来のCSRや企業イメージアップに向けて実施する

❷ <直進する経済>が通用しない郊外や周縁部でやむをえず<迂回する経済>を実施する

❸ 都心・地方を問わず地元密着企業が自らの事業の持続性を保つために<迂回する経済>を実現する

ここで取り上げられている3つのケースはいずれも企業の行動原理を著者が理解しているからこそ出てくる分類だと思います。

なぜなら、<迂回する経済>のコンセプトをSDG’sのような理念と曖昧に結びつけることはせずに、いずれも企業の行動原理を直視し、企業が「やむをえず」実施するケースや「企業ブランドのために」実施するケースを念頭においていると思うからです。

このように考えた場合❶や❷は説明の余地はないと思います。❶は大企業がこれまでも行ってきた自社のブランド向上に寄与する限りでのSCRや社会貢献のことですし、❷はどちらかといえば生き残りを図るためにやむなく行う<迂回する経済>で、多様な企業主体に積極的に<迂回する経済>を促すためにどうすればいいのかという問いに対しての参考にはならないでしょう。

ポイントは❸についてどのような可能性があるかを考察することです。「迂回する経済の都市論」では❸に関して鉄道会社の事例を紹介していますが一般化可能な可能性を提示するには至っていないように思います。

このため、以降では本書から離れて考察してみることにします。

Ⅲ.地域コングロマリット企業

船井総合研究所「地域コングロマリット経営」(同文舘出版社)では、地方の中小企業の割合を小さくし、中小企業が中堅企業化することによって県内の生産性が上がることを実例をもとに紹介しています。

経済産業省で「中堅企業」の定義はされていませんが、同書では年間売上が30億円から100億円までを中堅予備軍、100億円から1000億円までの企業を中堅企業としています。

後継者不足をはじめとする経営難を抱える地方の中小企業の衰退に歯止めをかけるためには、中小企業の中堅企業化が欠かせません。規模を拡大することにより、資金調達や原材料の調達、流通のコントロール等の各場面でスケールメリットが出せ、また、優秀な人材が獲得できるようになるからです。

ところで、どのようにすれば中小企業は中堅企業化できるのか?

「コングロマリット経営」をすることによって、というのが同書の主張です。

同書では地域コングロマリット経営を「特定の地域で複数の事業体を持つ経営」と定義しています。これまで強みを持つ1つの商品やサービスを武器に戦ってきた中小企業が、第2第3の本業を作っていくこと。そして事業間でシナジーを生み出すことで、規模の拡大に伴うコストの上昇を生産性によってカバーすること。

地方経済を活性化させるためには、また、中小企業が今後生き残りを図るためには、第2第3といった複数事業化を推し進めある程度の規模を追求していく必要がある。

そのための戦略はいくつか考えられるでしょう。しかし前提として、地方の中小・中堅企業は、その経営資源を地元に負っているという点がポイントです。業種により異なりますが、例えば働き手である人材、都市部や国外で販売するための原料調達先、販売先であるマーケット。。

同書で紹介されている群馬のファームドゥグループの代表は次のように語っています。

「地域が元気にならないと、自分たちも元気にならない。地域に貢献できるように事業化していきたい。地域を盛り上げていきたい」(「地域コングロマリット経営」P.89)

Ⅳ.中堅企業と「迂回する経済」

地域コングロマリット経営についてのこれ以上の詳細は同書を参照いただくとして、本稿のテーマである「経済合理性と公共性の共存可能性」に戻ります。

当初の問いかけから少し迂回してしまいましたが、ここで示唆したかったのは中堅企業が「経済合理性と公共性の共存可能性」の担い手にないうる可能性についてです。

地方の中堅企業に雇用された人々は地域住民の生活に密接にかかわる商品やサービスを供給しています。同時に、自分自身がその地域で生活する消費者でもあります。

当たり前ではないかと思われるかもしれませんが、実はこのことの意義は大きいのではないかと思うのです。

ここまで資本主義が発展し、かつ資本主義と都市化との相性が良いのは、消費者としての自分と労働者としての自分を、同じ1人の人間でありながら分離してきたからではないでしょうか。

労働者としての時間帯に我々は、消費者としての顔は見せず、自社の商品・サービスを「売る」ことだけを考えて働きます。自分だったら自社商品を「買うな」「買わないな」と思いを巡らせることは当然あるでしょうが、しかし、それはあくまで「売る」ことを前提とした思考です。

逆もまたしかり。

消費者としての時間帯において、消費者は労働者である顔を忘れ、限りある所得をどう生活のために資源配分するかだけを考えます。このとき自社の商品は、マーケットに提供された商品のうちの一つでしかありません。

しかし、地方の企業で働く人々は、労働者と消費者の顔が混然一体となります。自分たちが提供する商品やサービスは消費者としての生活に直接と言わないまでも間接に跳ね返ってくることへの想像力が、都市住民よりもいっそう切実なものとして働く可能性が高いのです。

つまり、迂回する経済の担い手である「❸都心・地方を問わず地元密着企業が自らの事業の持続性を保つために<迂回する経済>を実現する」主体は、経営体力を持つ地方に足場を持つ中堅企業が、その可能性の中心になるのではないか、ということが本稿の結論になります。

参照

吉江俊著「迂回する経済の都市論」(学芸出版社)

船井総合研究所「地域コングロマリット経営」(同文舘出版社)

「ジェントリフィケーションとは・意味」 https://ideasforgood.jp/glossary/gentrification


PAGE TOP